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親の死を考える!父のように命を縮める手術をしないでください!

      2018/10/15

手術室

生きとし生けるもの、必ず死は訪れるから、人によっては、早く訪れたり遅く訪れたりさまざで、父の場合は50代前半。

発見した段階で、すでにステージ4の癌だったのに、助けてやりたい一心で、結果的に手術を2回も行いました。

しかし、この年齢になって考えると、親の死をもっと真剣に考えれば、手術を選択しなかったかもしれません。

手術をして癌が治るケースは、確かにあるけど、手術をしても意味のないケースも、同じようにあるでしょう。

もし、親の死を真剣に考えたとき、治る見込みが少ない手術だったら、奇跡を信じて行いますか?

癌と分かるまでの時系列

父が死んだのは肺癌で、20年以上も前のことだけど、今でも頭の中に時系列が、記憶されており、ときどき後悔します。

全く症状が分からず、癌になったのなら、後悔はしないだろうけど、サインがあった場合は、やはり違うでしょう。

ちなみに、自分の父の場合は、肺癌と分かるまでに、以下のような順番だったはずです。

風邪でもないのに咳が頻繁に出ていた

父の友人から聞いた話で、癌と分かる1,2年前から、風邪でもないのに、咳が頻繁に出ていたらしいです。「コンコン」と乾いた咳で、友人は病院へ行くように、言ったらしいけど、父は忠告を、聞きませんでした。

車を運転中に背中が痛くて休むことがあった

自分が父の異変に気づいたのは、背中が痛いと言って、車の運転を休んだときでした。この時点で、肺に癌ができていたと思われ、検査するよう説得していれば、ステージ4の前で、気付けていたでしょう。

肋間神経痛と思って病院へ行ったが違った

とても背中が痛くなって、仕事もツラくなった父は、やっと重い腰を上げて、病院へ行きます。本人は、背中が痛いので、肋間神経痛だと思っていたらしいけど、レントゲンを取ると肺に影があり、実際は違っていました。

検査をすると肺癌だったと分かった

大学病院へ行き、疑われそうな病気の検査をすると、父は肺癌だと分かりました。ここまでの話は、わずか1年ぐらいのことで、たぶん父は、もっと前から自分の体の異常に、気がついていたはずです。

キシ
今でも、背中が痛いと言ったときに、病院へ連れて行くべきだったと、後悔しています。

癌の手術を2回ほどやりました

手術中

手術は、1回で済むと思っていたけど、結果的には2回もやり、やらなければ良かったのかもしれません。

今だったら、セカンドオピニオンをして、手術をすることが、本当に正しいのか、しっかり考えていでしょう。

でも、今から20年前の当時は、セカンドオピニオンが一般化しておらず、選択肢にすら入っていなかったです。

当初は父に癌だと言ってなかった

手術が決まる前は、父に癌だと言っておらず、どのタイミングで言うべきなのか、かなり迷いました。結果的に医者から、宣告するべきだと言われて、父に癌だと伝えましたが、本人は相当なショックだったはずです。

1回目は簡単な手術だった

1回目の手術は、数時間で終わり、術後も順調だったから、かなり安心していました。しかし、医者から言われたのは、体を開けた段階で、片方の肺を摘出する必要が出てしまい、かなりヒドい状態だったらしいです。

2回目は長時間に及ぶ大手術だった

2回目の手術は、片方の肺を摘出する必要があり、記憶が正しければ最低でも、8時間以上は掛かりました。1回目の手術とは違い、大手術だったので父の体力は衰え、助かると信じていたけど、かなり不安になりました。

キシ
1回の手術で済めば、体力の衰えを抑えられたかもしれません。これも、後悔しています。

手術後は少しだけ良い時期があった

今考えれば、なぜ1回目の手術をする前に、片方の肺を摘出する状態だと、判断できなかったのか、疑問を持っています。

しかし、20年以上前はセカンドオピニオンが定着しておらず、ネットもない時代で、医者を信じるしかありませんでした。

自分たちと同じように、医者の言うことを信じて、手術をしてしまった人たちが、かなり多かったのではないでしょうか。

手術後は抗がん剤の治療をした

2回目の手術後、しばらくの間は抗がん剤治療をしており、本人はツラそうだったけど、治ると信じていたはず。抗がん剤治療が終わったら、自宅で療養に変り、家で生活がすることになりました。

自宅療養の数週間はスゴく状態が良かった

自宅で療養中の父は、とても穏やかな状態だったので、癌が治ると本気で思いました。しかし、医者から2回目の手術の報告があると言われ、病院へ行くと、一瞬で希望が絶望へと変わります。

余命が数カ月しかないと宣告される

2回目の手術はしたけど、すでに手の施しようがなく、治療は放射線しか、残っていませんでした。さらに医者は、「余命は1,2カ月くらい」と言いましたが、わずかな可能性に賭けて、放射線治療を選びます。

放射線治療をするが効果はない

放射線治療をするために、別の病院へ入院しますが、もう家には戻って来れないと、父は分かっていたはず。放射線治療を数週間ほどしましたが、状態が悪くなる一方だったので、手術した病院へ戻ることに。

2回目の手術をから半年で死んだ

元の病院に戻っても、治療できることはなく、痛みが激しいときに、モルヒネを打つしか、方法はありませんでした。結局、その後に容態が急変してしまい、2回目の手術からわずか半年後で、父は死にました。

キシ
父の死で分かったのは、人は死ぬ前の数日間だけど、とても元気になることでした。

親の死を考えれば無意味な手術をしなかった!

1回目の手術は、父が望んでいたこともあり、結果的に仕方がりませんが、2回目の手術は、行うべきではありませんでした。

あとのときに、しっかり父の病状を理解していれば、痛みを抱えないまま、楽に死なせてあげられたと、後悔をしています。

癌が治らないのであれば、父の死を真剣に考えて、残りの余生を安らかに、送らせて上げる選択を、自分はしたでしょう。

「治って欲しい」から手術をしたけど、「治らない」のであれば、手術をするよりも、安らかな死を送らせるべきです。

「死=ゴール」とするならば、ゴールが分かったときに、そこまでどのように過ごさせるべきか、今なら分かります。

でも、当時は癌になったら、手術をするのが当たり前で、手術をしない選択肢はなく、仕方がありませんけどね。

キシ
父が死ぬと、全く想像していなかったから、無意味な手術をさせてしまったのかも。

安らかな死を親が迎えるために!

夕焼けの空

今だったら、病院の許可を得て、自宅で療養することができ、そのまま自宅で死を選ぶケースも多いそうです。

実際に知人のお父さんが、末期癌の末に、自宅で亡くなったらしく、知人はそれで、良かったと言っていました。

治らないのであれば、病院のベッドで死ぬより、自宅のベッドで死んだ方が、絶対に幸せでしょう。

ホスピスを選ぶのもありだけど、やはり自分の家で、死にたい人も多いだろうから、自宅療養がベスト。

テレビを見たり、音楽を聴いたり、何気ない普通の毎日を、一緒に過ごすだけで、気持ちが和らぐはずです。

看取る家族は、世話などが面倒で大変だけど、育ててくれた親なので、楽しい時間を過ごせるように、頑張ってください。

キシ
病院ではなく、自分の家のベッドで死ねるのは、とても幸せなことなのでしょうね。

まとめ

 

親の死を、もっと真剣に考えれば、2回目の手術はせずに、父に安らかな死を与えられたと、後悔しています。

「死」に対して、目を背けたことで、体がボロボロになる手術を選んでしまい、父には申し訳ない気持ちです。

もし、親が癌になったら、「死」に対して目を背けず、真剣に考えることで、正しい選択肢がきっと分かるはず。

ボロボロになった状態で、生きる6カ月と、体力が残った状態で、生きる6カ月では、全く意味が違いますからね。

みんさんには、自分と同じ後悔をして欲しくないので、親の死を真剣に考えて、手術の有無を選んでください。

キシ
当時、父と同じ病室にいた人たちは、ほぼ同じ時期に、死んだらしいです。

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