40歳を過ぎた独身男のド定番が人生を豊かにする!

独身男のド定番

売れた理由がわからない歌手の80,90年代に大ヒットした曲がスゴすぎる!

      2016/11/29

カラオケをする男性

みなさんは、これからご紹介する歌手を、どのくらい知っていますか?アラフォー世代以降なら、ほんど知っていそうだけど、若い人は、名前も知らないし歌も聴いたこともなさそうです。自分は、全員を知っているし歌も聴いたことがありますが、なんでこの人たちが売れたのかが、よく分かりません。たぶん、80年代や90年代だったから売れたのでしょうが、今デビューしても絶対に売れないと思います。ぜひ、知っている人も知らない人も、80年代や90年代には、こんな曲を歌う人たちがいたんですよ。今頃、この人たちは、なにをやっているんでしょうね。

ハイスクールララバイ・イモ欽トリオ

まず、最初にご紹介するのが、80年代を代表する売れた理由がよく分からない、イモ欽トリオの歌う「ハイスクールララバイ」。

自分と同年代の人なら、イモ欽トリオがたのきんトリオをマネていることは分かるでしょうが、若い人たちは、そもそもたのきんトリオを知らないから、なんのことがさっぱり分かりませんよね。

たのきんトリオとは、田原俊彦・近藤真彦・野村義男の3人のユニットみたいなもので、当時は大人気だったジャニーズ事務所のアイドルです。

そんな大人気だったたのきんトリオをマネて作ったのが、イモ欽トリオなんですが、メンバーは山口良一・西山浩司・長江健次の3人。

萩本欽一さんが司会の番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」からデビューしました。

たぶん、今の若い人でかろうじて知っているのが、TBSの「噂の!東京マガジン」に出演している山口良一さんくらいでしょうね。

当時は、若い子からキャーキャー言われていた思いますが、今、映像を見るとなんでこんなに売れたんだろうと思わざるを得ません。

イモ欽トリオが売れた理由は、80年代に大人気だった萩本欽一さん力だったかもしれませんね。

キシ
年代的には、ちょっとズレているのですが、姉の影響で記憶に残っています。いつの時代も企画モノの歌手っていたんですね。

ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編) ・横浜銀蝿

80年代はツッパリが流行った時代で、その象徴の一つだったのが、このツッパリの代表のような横浜銀蝿です。

名前からして、不良っぽい感じがしますが、歌っている曲もまさに不良の登校を歌詞にした内容になっています。

歌詞を読んでみると分かりますが、ハッキリ言ってヒドい内容だし、歌だって全く上手ではありません。

なんでこんなヒドい歌手が売れたんだろうと思ってしまいますが、当時、不良だった人たちがたくさんいて、みんながレコードを買ったから売れたのでしょうね。

80年代が青春だった世代なら歌詞の「ドカン」や「ヨーラン」がどんなものか分かるでしょうが、若い人はどんな意味か全く分からないでしょうね。

実はこの横浜銀蝿に弟分と言われるグループがあって、名前は紅麗威甦(グリース)と言うのですが、朝の連続テレビ小説に主演したことある、有名な俳優さんが所属していたのを知っていますか?

そのメンバーとは、「あまちゃん」で駅長役として大人気になった杉本哲太さんです。

今では立派な俳優さんとしてのイメージがありますが、当時は不良グループの一員だったんですね。

キシ
今でこそ、温厚そうな俳優の杉本哲太さんですが、昔は、相当にやんちゃなことをしていたみたいですね。足を洗えて良かったですね。

完全無欠のロックンローラー・アラジン

どう考えても、ふざけているとしか思えなかったアラジンが歌う「完全無欠のロックンローラー」。

子ども心に、なんだこの人たちはと思って、歌番組を見ていたと思います。

前述の横浜銀蝿と同様に、まだツッパリが流行っていた80年代だから売れたのでしょうが、まさかこの何十年後に、氣志團が出て来るとは、誰も予想ができなかったでしょうね。

結局、アラジンはこの「完全無欠のロックンローラー」だけで、見事に消えてしまうのですが、実は今から10年くらい前に、アラジンは大きな仕事をしていたのを知っていますか?

アラジンの本名は、高原茂仁と言うのですが、アラジンとは別に芸名を持っていて、高原兄と言う名前でも芸能界で仕事をしていたんです。

島田紳助さんが絶頂期だった頃に、自分の番組に出演していたタレントをグループにして歌手デビューをさせていましたが、その曲の作曲をしていたのが、高原兄ことアラジンだったんです。

ある意味で、アラジンは80年代に一発目を打ち上げて、2000年代に二発目を打ち上げたんですね。

キシ
アラジンは、ヒットをするけども、すぐに忘れられるような曲を作るのが上手なんでしょうね。一応、褒めているんですけど、そうは聞こえないかな。

ふられ気分でRock’n Roll・TOM★CAT

ボーカルの女性がしていた、ビックリするくらい大きなサングラスが印象的のTOM★CATも、80年代になぜ売れたのか分からない歌手(グループ)です。

あとにも先にも、この「ふられ気分でRock’n Roll」の他に、どんな曲を歌っていたのか、自分は全く分かりません。

ただ、調べてみるとこの「ふられ気分でRock’n Roll」は、中島みゆきさんが受賞したことで有名な、世界歌謡祭のグランプリ受賞曲だったらしいんです。

見た目にインパクトがあり過ぎたのですが、曲は良かったってことみたいですね。

もちろんアラフォー世代は、TOM★CATを知っているでしょうが、自分はボーカルの人のサングラスだけではなく、声や姿にも特徴があったので、スゴく記憶に残っています。

今も現役なのか分かりませんが、ボーカルの人が一発屋を探す番組に出ていたことがあり、今は溶接工をしていると言ってました。

そう言えば、ボーカルのしていた大きなサングラスは、溶接工で使うメガネだったらしいですね。

キシ
ボーカルの人の他にどんな人がいたのか、全く思い出せません。それくらいボーカルの人のサングラスのインパクトが強かったんですね。

DAYBREAK・男闘呼組

個人的には、80年代の中で、ちょっと微妙な位置にいるの男闘呼組。

ジャニーズ事務所で本格的なバンドとして、デビューしたから評価をされていも良いとは思うのですが、ファンには失礼だけど失敗だったと言われても仕方がないグループなのでは?

男闘呼組のメンバーは、岡本健一さんが今でもジャニーズ事務所にいるらしく、確か息子さんもジャニーズなので親子二代で所属しているとはちょっとスゴいです。

あとは、警察にお世話になった人と、役者として活躍されている高橋一也さん、関西では有名らしい漫才師の海原ともこさんの旦那の前田耕陽さん。

今、男闘呼組を見ると、ほぼTOKIOと同じだと思ってしまいますが、長瀬智也さんのような人が、男闘呼組にいたら結果が違っていたのかもしれません。

ジャニーさんは、男闘呼組の失敗から、TOKIOを成功させたのでしょうね。

そう言えば、この時代にジャニーズ事務所には漢字のグループが何組かありましたね。

男闘呼組・忍者・平家派など、ときどきジャニーズ事務所は、漢字のグループを作りますが、成功しているのは「嵐」だけみたいです。

キシ
硬派な感じのアイドル・グループだったのですが、あまり売れませんでしたね。もう少し時代が遅ければ、TOKIOのようになれたかもしれませんね。もちろん、長瀬くんがいたらの話ですが。

あいにきて I need you!・GO-BANG’S

実は、この記事を書こうと思ったきっかけが、80年代の最後にご紹介するGO-BANG’Sの「あいにきて I need you!」。

適当になにかのサイトを見ていたら、久しぶりに「あいにきて I need you!」と言う曲のことが出ていて、なんでこんな歌手が売れちゃったんだろうと思ったんです。

GO-BANG’Sが出てきた時代は、ガールズバンドがたくさんいて、SHOW-Y、プリンセス プリンセス、PINK SAPPHIRE、KIX-Sなどがいたと思います。

その中で、メンバーがカワイイ訳でもなく、歌が上手な訳でもないく、歌詞が良い訳でもないのに売れてしまったGO-BANG’Sがとても印象に残っていました。

この曲が売れた理由の一つに、アルペンのCMソングとして使われたことだと思いますが、アルペンのCMソングとして使われると、ヒット曲になってしましたからね。

ボーカルの森若香織さんは、現在も芸能活動をしているらしく、歌手、女優などをしているそうです。

なんかこの曲を思い出すと、バブルってスゴいなぁと思ってしまうのは、たぶん自分だけでしょうね。

キシ
言葉を選んで文字にしないと、当時、ファンだった人に怒られそうですが、この時代だから売れた感じの曲のように思えます。トータル的に見て。

さよなら人類・たま

90年代の最初にご紹介するのは、ドラマ「裸の大将」に出てくる山下清みたいな人がいた、かなり謎めいている4人組みの「たま」。

「三宅裕司のいかすバンド天国(通称・イカ天)」で優勝をして、デビューをしたのだと思います。

自分は持っていませんでしたが、友人が「たま」の代表曲(これしかないけど)の「さよなら人類」を持っていたのを覚えています。

今、歌詞を読んでも全く意味が分からないので、当時に「さよなら人類」を聴いていた人も、意味なんて分からずに聴いていたんでしょうね。

90年代でも「たま」は、かなりヤバいグループだと分かりますが、今だったらテレビに出て大丈夫なのかって感じに見えてしまいます。

記憶にはなかったのですが、「たま」は紅白歌合戦に、出たことがあるらしいです。

「さよなら人類」が流行っていた1990年は、まだバブルの恩恵があった時代だと思うので、おもしろければなんでもアリな時代だったのでしょうね。

キシ
当時も今も「たま」は、ヤバそうな人たちにしか見えません。でも、それってまだ時代が「たま」に追いついていないのか、それとも、かなり以前に追い越したのか、どちらかでしょうね。

それが大事・大事MANブラザーズバンド

ボーカルの人の顔がとても記憶に残っている、90年代で売れた理由が分らない大事MANブラザーズバンド。

当時、大事MANブラザーズバンドが歌う「それが大事」がスゴく流行ったのは、自分と同世代の人なら知っていますよね?

一度、聴いたら頭から離れないフレーズだったので、スゴく記憶に残っているのですが、一発目は成功したけど、二発目はダメだったみたいです。

今の若い人は知らないだろうけど、この曲は山田邦子さんが司会の番組、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」のテーマソングとして使われたことで大ヒットしたんです。

大事MANブラザーズバンドも懐かしいですが、山田邦子さんがゴールデンタイムで番組を持っていたなんて、今では信じられませんね(90年代ってスゴい時代でした)。

驚くことに、この「それが大事」は180万枚を売る大ヒット曲で、1992年のCD売上ランキングだと、サザンオールスターズの「涙のキッス」をおさえて、堂々の第4位にランキングされています。

売上だけを言えば、サザンオールスターズの「涙のキッス」よりも上なのでしょうが、今もこの「それが大事」を持っている人や聴いている人は、確実に「涙のキッス」よりも少ないでしょうね。

キシ
初めて歌詞をゆっくり読んだのですが、たぶん、みなさんも同じ感想だと思うので、あえてなにも言わない方が良さそうです。

まとめ

どの曲も、その時代だから売れた曲なので、今も聴いていることは少ないでしょうね。

ちょっと時代がずれていたら、絶対に流行らなかったと考えれば、チャンスをモノにした強運の人たちなのかもしれません。

80年代の歌手が多過ぎた感じがしますが、90年代だと自分は大人になってたいので、売れた理由がほぼ分かったいたので、除外させてもらいました。

80年代なら、今回ご紹介した歌手の他にも、探せばもっとなんで売れたのか分からない歌手がいそうなので、次回があればご期待ください。

幸いなことに、自分は上記の歌手のCDを一枚も持っていなくて、ホッとしていますが、もしかしたら、全部の歌手のレコードとCDを買っている人がいそうですね。

ちょっと言い過ぎた部分もあるかと思いますが、20年以上前に自分が感じたことを書いただけなので、ご了承ください。

今度は、真逆の「80年代や90年代に大ヒットした理由が分かる曲!」を予定しております(いつになるか分からないけど)。

キシ
真逆の大ヒットした理由が分かる歌手の曲は、相当な曲数があるので、1回では無理かもしれませんね。たぶん、アイドル編、グループ編を分けないと大変そうです。
キシ
この記事はキシが担当しております。
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